岩倉・上高野エリア

  1. 岩倉・上高野エリア

岩倉・上高野エリア

豊かな自然と調和の庭園美・静寂で厳かな小野の里と中世格式の庭園美

圓通寺 〜造営時そのままの景色が残る造園〜


洛北幡枝の地にひそやかにたたずむ圓通寺。借景の庭、柿、つつじの寺として親しまれています。当寺は、江戸時代初期(1639)後水尾天皇が造営された幡枝離宮の跡で、幡枝小御所、幡枝茶園とも呼ばれていました。その後、修学院離宮が完成後、御水尾上皇永年の念願とされた禅院開創の機運が熟し、やがて輪王寺宮門跡や幕府要職の尽力により、ここに贈左大臣園基任第三息女、文英尼公(圓光院殿瑞雲文英尼大師=後光明院御母壬生院の姉上・霊元天皇御母新広義門院の叔母)を開基として迎え、上皇より大悲・寺号「圓通」の勅額を賜り、霊元天皇の勅願所となりました。以来、皇室の祈願所として後水尾天皇以降の歴代皇族の御尊牌が皇室ゆかりの殿舎である御幸御殿に祀られています。庭園は霊峰比叡山を借景にした枯山水平庭で、国の名勝に指定されています。四季折々の風情が味わえ、御水尾院の幡枝離宮の庭を今に伝えています。



【住所】 左京区岩倉幡枝989
【電話番号】 075-781-1875
【開門時間】 10時〜16時30分(12〜3月は16時まで、受付は16時30分)
【料金】 大人;500円、高・大学生;500円、小・中学校;300円
【アクセス】
京都バス「自動車教習所前」から徒歩10分


妙満寺 〜「道成寺」ゆかりの釣鐘を所蔵〜


康応元年(1389年)日什上人によって創建された顕本法華宗の総本山。昭和四十二年、寺町二条から現在地へ。能や歌舞伎で知られる「道成寺」ゆかりの「平安清姫」を所蔵。俳諧の祖・松永貞徳の「雪の庭」や仏舎利塔など見所多彩です。


【住所】 左京区岩倉幡枝町91
【電話番号】 075-791-7171
【拝観時間】 9時〜16時
【料金】 大人;500円、小中学生350円
【アクセス】
京都バス「幡枝(妙満寺)」から徒歩3分
叡山電車・木野駅から徒歩5分、地下鉄烏丸線 国際会館駅から徒歩20分


実相院 〜赤や緑に美しく映える床もみじ〜


寛喜元年(1229年)に静基僧正が開創した、元は天台宗寺門派の門跡寺院。本堂・四御門・お車寄せは、東山天皇中宮承秋門院の旧殿の一部を下賜されたもの。狩野派の襖絵や、新緑・紅葉・雪などの色が床に映る「床もみじ」で有名です。

【住所】 左京区岩倉上蔵町121
【電話番号】 075-781-5464
【拝観時間】 9時〜17時
【料金】 大人;500円、小中学生;250円
【アクセス】京都バス「岩倉実相院」から徒歩すぐ、叡山電車 岩倉駅から徒歩17分


三宅八幡宮 〜子どもの疳の虫除けの神様〜


社伝によると推古天皇の御宇、大徳冠小野妹子渡隋の大命を受け、其の途、筑紫にて病に悩み宇佐八幡宮に祈願し平癒、渡隋の後も専ら祈念の功により種々の危難を免れる。帰朝の後、報恩のためこの地に大神を勧請され、その後多年を経て南朝の忠臣備後三郎、当地に移住し邸内の鎮守として厚く尊崇されました。爾来三宅八幡と称し社殿宏壮、神田等もあったが応仁の乱の兵火にかかり、古記什寶等悉く焼失。数年後、里人相謀り復旧を試みるが、漸く大破に及びたるを以って明治2年拝殿を同20年本殿・社務所が建造されました。


【住所】 左京区上高野三宅町22
【電話番号】 075-781-5003
【拝観時間】 境内自由。絵馬展示資料館;9時30分〜15時
【料金】 拝観自由、絵馬展示資料館;300円
【アクセス】
叡山電車八幡前から徒歩3分、三宅八幡駅から徒歩10分
京都バス「八幡前」から徒歩すぐ、「三宅八幡」から徒歩7分


洛北蓮華寺 〜高野川の豊かな水が流れ込む庭〜


蓮華寺は、もと西八条塩小路附近(今の京都駅附近)にあった浄土教系の古寺で、応仁の乱後、荒廃していたのを、寛文二年(1662)加賀前田家の老臣今枝民部近義が、祖父今枝重直の菩提の為に、この地に移し再興したものであります。(蓮華寺造営記 帰命山寺記)再興の際に、石川丈山、狩野探幽、木下順庵、黄檗の隠元禅師 木庵禅師等当時の著名文化人が協力しています。(諸堂の様式・碑文・什物等)尚、本堂、鐘楼堂、井戸屋形、庭園は創建当時のままで、小規模ですが何れも文人の残した貴重な文化遺産です。


【住所】 左京区上高野八幡町1
【電話番号】 075-781-3494
【拝観時間】 9時〜17時
【料金】 高校生以上400円
【アクセス】京都バス「上橋」から徒歩1分、叡山電車三宅八幡駅から徒歩10分


崇道神社 〜新緑の季節が待ち遠しい参道〜


崇道神社は奈良末期から平安時代初期の皇族 早良親王をお祀りする。早良親王は、光仁天皇高野新笠の子で桓武天皇の実弟です。延暦4年に起こった藤原種継暗殺計画の首謀者として捕われ乙訓寺に幽閉された後、淡路に流される途中無実を主張して絶食死しました。その後、桓武天皇の近親者の死が続き、都には悪疫が流行したため、早良親王の祟りと噂されその怨念を鎮めるために延暦19年、崇道天皇と追号し墓を現在の八島陵へ改葬しました。創祀年代は不明ですが、この地が若狭街道の交通の要である事、都の鬼門に当たることなどから、貞観年間(859〜877)以降と推定されます。他に藤森神社・上御霊神社にも崇道天皇が祀られていますが、崇道天皇のみを祭神とするのは、この崇道神社のみです。


【住所】 左京区上高野西明寺山町34
【電話番号】 075-722-1486
【拝観時間】 境内自由 
【料金】 拝観自由
【アクセス】
京都バス「上橋」から徒歩2分、叡山電車 三宅八幡駅から徒歩8分